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人気観光地・バガンが、
世界遺産登録された前日。
私はミャンマーのもう1つの世界遺産、
ピューの古代都市群の遺跡がある街
ピィへ行って来ました。
この国の最古の都市遺跡を、
ヤンゴンにいるうちに見てみたくて。
夫の同僚のNさんが、
今回企画・アレンジしてくれたおかげで
とうとう実現することができました!
ピィ(Pyay)とは:
ミャンマー中部バゴー地方域の都市。エーヤワディ川に面し、ヤンゴンから北西260kmの位置にある。1853年にはイギリス領となり、プロームと改名。上ビルマと下ビルマの水上運送の経由地として発展。
ピュー(Pyu)とは:
現在のピィの周辺に、紀元前2世紀頃〜後9世紀にかけて栄えた王国。
ピューは中央政権的な国家体勢を敷かず、複数の都市国家からなる“ゆるやかな連合”国家だったという。西はスリランカ、南東はマレー半島、インドネシア方面まで勢力を拡大し、国際交易が盛んだったため、インドからヒンドゥ教が伝わり、ヴィシュヌ信仰が広まっていた。その後、モン族を経由して仏教も伝わる。
世界遺産ピューの古代都市群とは:
複数あったピュー古代都市群の遺跡は、約2000年前に東南アジアに仏教が伝来したことを示す最古の証拠でもあることから、2014年、世界遺産に登録された。
仏教伝来により、この地域には経済的、社会的、政治的、文化的変容がもたらされ、9世紀までの最長の歴史を持つことになる最初で最大の都市社会をもたらした。いずれも煉瓦造りの城壁で囲まれた城塞都市。宮殿や埋葬地跡、仏塔などが残る。(一部、UNESCOのサイトより抜粋)
ビルマ族のバガン王国よりも、
1000年以上前に存在していたピュー王国。
当時の都市遺跡のうち
世界遺産に登録されたのは
世界遺産に登録されたのは
・ベイタノー(1〜5世紀)
・シュリクシェトラ(3〜10世紀)
・ハリンヂー(3〜9世紀)
の3市で、
今回私達が観光したのは、
一番南に位置するシュリクシェトラです。
(ミャンマー語ではタイエーキッタヤー)
一番南に位置するシュリクシェトラです。
(ミャンマー語ではタイエーキッタヤー)
ヤンゴンとピィの位置関係。(画像:Googlemapより) |
ピィとピュー(シュリクシェトラ)遺跡群の位置関係。(画像:Googlemapより) |
ピューの国が栄えていた時代は、
この辺りがエーヤワディ川の河口で、
海岸線があったそうです。
(信じられない!)
旅の行程。
旅のメンバーは総勢8名。
車2台で、運転手さんが2名ずつ。
早朝4:00、自宅を出発。
5:00、集合場所を出発。
ヤンゴンとピィを繋ぐ道、
Pyay Rd.をひたすら北上!
(途中から高速?)
縦横にガタガタ揺られ、
全く眠れませんでした。
運転手さん、めちゃ飛ばしてた。
ひたすら心の中で
「事故りませんように…」と祈る。
心配していた雨は小ぶりで、
降ったり止んだりの繰り返し。
田んぼや畑の変わらぬ景色。
「feel」の店内。広い!きれい! |
9:00前、ピィまで残り3分の1程。
ヤンゴンにもあるミャンマー料理店
「feel」を発見し休憩、朝食。
トイレも清潔で広々。
温かいお茶を飲めただけでも
気分が安らぐ。ありがたかった!
10:30、ピィ市内に到着。
シュエサンドーパヤー(Shwesandaw Pagoda) |
まずはシュエサンドーパヤーへ。
ブッダの聖髪などが安置されている
とても神聖な場所ですが、
何よりも境内のユニークなオブジェに
終始釘付け!
境内から巨大な仏様を臨む。 |
下から見上げると全然違った印象に。 |
表情がコミカル。 |
女子のおしゃべりを見守るブッダ。「へー、んで?」って言ってそうなお顔。
|
獅子の口の中に虎の子…? |
ブッダの生涯をオブジェで再現? 刀に血まみれの女性たち…何があったの… |
11:30
城郭都市だったシュリクシェトラの
壁・門の跡、博物館へ。
どこへ行っても、人がまばら。
外国人の姿は見当たらず、
ミャンマー人観光客ばかりでした。
シュリクシェトラ遺跡観光の中心には、
この博物館。
遺跡からの出土品や
ピューの文明や宗教などの解説、
仏像などを見学。
この周囲にどんな遺跡があるのかも
ここの地図で確認できます。
館内はこぢんまりしていて
じっくり読み込んでも
1時間ほどでまわれそうでした。
ピュー文字と現在のミャンマー文字が
なんとなく似ていたこと、
この国での上座部仏教の成り立ちを
仏像のお顔立ちから感じられたこと、
など、興味深かったです。
12:30
館内を見終わると、ガイドさんが登場。
(事前にNさんがガイドと牛車を予約してくれていました)
シュリクシェトラの遺跡群をめぐるべく
3台の牛車に分かれて乗り込む。
ピィで牛車に乗ってみたい!
というのが、Nさんのささやかな夢。
雨もあがり、その願いは叶いました。
私は夫の上司Fさん、ガイドさんと乗り合わせ。
舗装されていないでこぼこ道。
乗車してすぐにお尻が痛くなる。
「これがあと2時間続くのか…!」
と2人して不安になりましたが、
牛が私たちを乗せて
懸命に歩みを進める姿を眺めていると、
牛を食べる気にはなれない*という
ミャンマー人の気持ちも、
なんとなく共感できました。
30分ほど揺られたのち、
点在する遺跡に到着。
そして、私がいちばん見たかった
ボーボーヂーパゴダ。
以前はパゴダ内部に
入ることができたそうですが、
現在は建物保護のためもあり
立ち入り禁止。残念!
一見出入り口のようなものはなく、
頭上にある窓のみ。
一体どこから出入りしていたのか謎です。
14:30、
遺跡群の見学終了。
博物館まで戻り牛車を降りる。
15:00、昼食。
ピィ市内のミャンマー料理店で。
16:20、帰路につく。
途中で、
シュエタウンにあるメガネ大仏を参拝。
シュエタウンは、ミャンマー麺
「シュエタンカオスエ*」の発祥地だそう。
(*オーノーカオスエとはまた違った風味の
鶏スープベースのココナッツヌードル)
17:00過ぎ、
Pyay Rd.をひたすら南下!
なんと一度も休憩せず。
(運転手2名体制の賜物)
21:00にはヤンゴン市内の
我が家へ到着しました。
旅の感想:
日帰りはとてもハードだったけれど
行く価値は絶対ある場所!
(ただし通常は、ヤンゴンからは1泊で行くスポットのようです)
-----------------------------------
ちなみに、
今回の旅をアレンジしてくれたNさんは
日本から数ヶ月の長期出張で
ヤンゴンに来ていた方。
車やガイド手配から旅の仲間集め、
その上しおり作り、共有財布の管理まで
全てこなしてくれたのです。
雨期で道も悪く
日帰りは難しいのではと思いましたが、
Nさんのおかげで非常に有意義な、
思い出深い旅ができました。
本当に感謝、感謝!
城郭都市だったシュリクシェトラの
壁・門の跡、博物館へ。
どこへ行っても、人がまばら。
外国人の姿は見当たらず、
ミャンマー人観光客ばかりでした。
城壁と門跡。上のほうに見える白い石は、世界遺産マークの刻まれた碑。 |
こちらも門の跡。苔むした感じがカンボジアのタ・プロームみたい。 |
博物館。 |
シュリクシェトラ遺跡観光の中心には、
この博物館。
遺跡からの出土品や
ピューの文明や宗教などの解説、
仏像などを見学。
この周囲にどんな遺跡があるのかも
ここの地図で確認できます。
館内はこぢんまりしていて
じっくり読み込んでも
1時間ほどでまわれそうでした。
ピュー文字と現在のミャンマー文字が
なんとなく似ていたこと、
東南アジア内陸部各地で発見されている
ピューの人々が使用した
「ピューコイン」現物を見られたこと、
この国での上座部仏教の成り立ちを
仏像のお顔立ちから感じられたこと、
など、興味深かったです。
ガイドさんに、遺跡めぐりのルートを説明される一行。 |
館内を見終わると、ガイドさんが登場。
(事前にNさんがガイドと牛車を予約してくれていました)
シュリクシェトラの遺跡群をめぐるべく
3台の牛車に分かれて乗り込む。
ピィで牛車に乗ってみたい!
というのが、Nさんのささやかな夢。
雨もあがり、その願いは叶いました。
ジャーン!特別に屋根をつけてもらった牛車です。 |
私は夫の上司Fさん、ガイドさんと乗り合わせ。
舗装されていないでこぼこ道。
乗車してすぐにお尻が痛くなる。
「これがあと2時間続くのか…!」
と2人して不安になりましたが、
牛が私たちを乗せて
懸命に歩みを進める姿を眺めていると、
牛を食べる気にはなれない*という
ミャンマー人の気持ちも、
なんとなく共感できました。
(*大抵のミャンマー人は牛肉を食べる習慣がない。「自分たちのために働いてくれるから」とよく聞きます)
牧歌的で平和な風景を進む。 |
30分ほど揺られたのち、
点在する遺跡に到着。
ヤハンダ寺院Yahanda Gu Temple東西南北の4方に出入り口がある寺院が多い中、ここは3つしかないのが特徴。
ヤハンダ池Yahanda Pond遠目にボウボウヂーパゴダが見える、風光明媚な池。蓮も咲き誇っていてとても美しかった。
ヤハンダ池。 |
市民墓地Site Museum市民の骨壷が出土した場所。英語名はミュージアムと書かれているけれど、あるのはたくさんの骨壷。当時は火葬の習慣があったことがわかります。
そして、私がいちばん見たかった
ボーボーヂーパゴダ。
パゴダが見えてきた! |
迫力があるなあ! |
ボーボーヂーパゴダBawbawgyi Pagoda5世紀頃作られた、現存する中ではミャンマー最古のパゴダと言われている。バガン王のアノーヤターもここに来たそうです。
以前はパゴダ内部に
入ることができたそうですが、
現在は建物保護のためもあり
立ち入り禁止。残念!
一見出入り口のようなものはなく、
頭上にある窓のみ。
一体どこから出入りしていたのか謎です。
14:30、
遺跡群の見学終了。
博物館まで戻り牛車を降りる。
15:00、昼食。
ピィ市内のミャンマー料理店で。
16:20、帰路につく。
途中で、
シュエタウンにあるメガネ大仏を参拝。
私も視力回復をお祈りしてきました… |
シュエタウンは、ミャンマー麺
「シュエタンカオスエ*」の発祥地だそう。
(*オーノーカオスエとはまた違った風味の
鶏スープベースのココナッツヌードル)
17:00過ぎ、
Pyay Rd.をひたすら南下!
なんと一度も休憩せず。
(運転手2名体制の賜物)
21:00にはヤンゴン市内の
我が家へ到着しました。
旅の感想:
日帰りはとてもハードだったけれど
行く価値は絶対ある場所!
(ただし通常は、ヤンゴンからは1泊で行くスポットのようです)
-----------------------------------
ちなみに、
今回の旅をアレンジしてくれたNさんは
日本から数ヶ月の長期出張で
ヤンゴンに来ていた方。
車やガイド手配から旅の仲間集め、
その上しおり作り、共有財布の管理まで
全てこなしてくれたのです。
雨期で道も悪く
日帰りは難しいのではと思いましたが、
Nさんのおかげで非常に有意義な、
思い出深い旅ができました。
本当に感謝、感謝!
*参照書籍*
本記事で紹介する歴史話は、ほとんどが以下の書籍を参照しています。
・歴史物語 ミャンマー 山口洋一著(カナリヤ書房)
・ミャンマーを知るための60章 田村克己/松田正彦著(明石書店)
・物語 ビルマの歴史 根本敬著(中公新書)
ミャンマーの成り立ちや文化の起源がわかって非常に面白いです。旅行前にぜひ読みくらべしてみてください。但し、ビルマ族の起源等や形成には諸説あるそうです。
ミャンマーの成り立ちや文化の起源がわかって非常に面白いです。旅行前にぜひ読みくらべしてみてください。但し、ビルマ族の起源等や形成には諸説あるそうです。
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